千葉の撮り鉄。古き良きものを求めて。

BOSO RAIL MEMORY No.7 「千葉の観光蒸機」

2007年以降JR千葉支社では数年に一度、高崎支社からSLを借り入れて県内各地で運行を行なっている。記念行事の一環として、はたまた観光キャンペーンの目玉としてなど様々な形で利用されている。2017年年始の運行は9年ぶりの南総地区であった。千葉の蒸機復活からの10年を簡単に振り返る。

2007年、JR東日本千葉支社初めてのSL復活運転はちばディスティネーションキャンペーンの一環として行われた。千葉県でのD51 498の運転は、平成元年8月に京葉線で運転された「SLコニカ号」以来18年ぶり、さらに内房線での蒸機運転は1987年8月にC56 160で運転された 「SL毎日号」以来20年ぶりの運転となった。2/1に千葉でのDCオープニングイベントと伴に出発したSLちばDC号は千葉の街中に大きな汽笛を響かせ木更津へ。2/3.4.10〜12には風光明媚な内房区間を館山まで駆け抜けた。

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約40年ぶりに客を乗せて走った内房線鈍行蒸機は平久里川を渡って館山へ到着。


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館山駅では"汽車"から降りたった人々を多くのギャラリーが出迎えた。


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館山電留に入ったD51は折り返しまでしばし休息。


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ここにもギャラリーが多数集まり、展示会状態。まだフェンスがなかったのが幸いした。



2009年、この年は千葉みなと⇄木更津でD51 498による運転が予定されていた。ところがそのD51 498は2008年12月14日、陸羽東線「SL湯けむり号」牽引に備えて小牛田駅で整備中、ボイラー水位が低いにもかかわらず火力を上げ、事実上の「空焚き」状態となりボイラーの一部を溶損する重大事故に見舞われ、急遽新津区のC57 180を借り出して運行にあたった。
C57は千葉県内での運行は当時において37年前の1972年9月〜10月の鉄道100周年記念列車ぶり、1969年の無煙化に伴う佐倉機関区撤退から数えると実に40年ぶりのことであった。因みに、千葉局無煙化直前の佐倉区配置車両は8620、C58、C57であり、無煙化直後の配置車両はDE10である。現在の木更津常駐DE10のルーツは、佐倉機関区のDE10がJR化後も佐倉に常駐し、佐倉区廃止後も支区である木更津に区所共々生き残ったというものであるのも感慨深い。C57はいわばDE10木更津常駐の先代でもあるわけだ。無論、180号機は新製時から廃車時まで新潟県外には配置されていない。
なお、ATS-Pを搭載せず、磐越西線系統の列車に従事している状況であるため今後の首都圏入線は難しいだろう。

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蘇我上1で小休止するSL春さきどり号送り込み回送。


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往年にC57が多数在籍した千葉機関区(1代目)の区名札を掲げた。現役時代にも1機しか見られなかった貴婦人の門デフが異彩を放つ。


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木更津に到着したC61。前年に復活したばかりだ。


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同日の木更津派出の庫内には2017年にDL勝浦本務機を担った1704号機の姿。この年は1751との2機体制。


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北総SLは2年とも旧型客車で運転。


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大型本線蒸機のC61が水郷地域に爆煙を上げる。


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千葉支社のSL運転時に見られる俗に言う「S回」はファンの注目を集める。



過去10年のうち7年運転されてきた千葉SL。運行範囲は上総地域、南総安房地域、北総地域に及ぶ。
2007年:D51 498
SLちばDC 千葉→木更津
SL南房総 木更津→館山
DL南房総 館山→木更津
2008年:D51 498
SL南房総 館山→勝浦
DL南房総 勝浦→館山
2009年:C57 180
SL春さきどり 千葉みなと→木更津
DL春さきどり 木更津→千葉みなと
2012年:C61 20
SL内房100周年記念 千葉みなと→木更津
DL内房100周年記念 木更津→千葉みなと
2013年:C61 20
DLおいでよ佐原 銚子→佐原
SLおいでよ銚子 佐原→銚子
2016年:D51 498
DL佐原 銚子→佐原
SL銚子 佐原→銚子
2017年:D51 498
DL勝浦 館山→勝浦
SL館山 勝浦→館山

まだ記憶に新しいとは思うが、本年度の千葉SLは再びの南総地域。青い客車を連ねた列車が入り組む海岸線に沿ってゆっくりと進んでいく。


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見せ物として、いっときの客集めとしてのSL運行ではなく、鉄道を中心とした地域活性化や街づくりに多大な影響を及ぼしていると考えられる。モータリゼーションの進んだ現代の日本では、都市一極集中による過疎化と相まって鉄道の利用が年々減少し運営が難しくなっている地域が多数挙げられる。地元の人は一日数本しか走らない「鉄道」などには目もくれないだろう。そんな片田舎の草の生い茂る線路に一度蒸気機関車が走るとどうなるか。町の人々全員が線路を見て手を振っているではないか。地域住民が鉄道の存在を改めて知り、鉄道会社や行政主体となって住民の利用しやすい環境を整える。さすれば、鉄道は存続し、遠い都会から客を呼び込める。そこに鉄道を基幹とした地域活性化への道があると思う。ただし、地域活性化は鉄道会社と地方自治体の腕次第である。最後に、大手鉄道会社が地域活性化と技術保存という2つの要素に果敢に挑戦した良い例が東武鉄道だ、というのも述べておく。

とにもかくにも、SLという素材を活かして地域活性化に繋げるということを日本全国で続けてほしいと願うばかりである。
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2017-01-29 : BOSO RAIL MEMORY : コメント : 0 :
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BOSO RAIL MEMORY No.6 「GALLERY ~485系G1編成゛ニューなのはな゛の追憶~」

2016年8月26日、幕張車両センター最後の国鉄型であるG1編成が廃車された。
バブル景気に突入する直前の1986年、増加する団体輸送需要にこたえるべく誕生した165系なのはなは国鉄初の和式電車として異色の存在であった。10年強運用されたのち、1998年に老朽化のため置き換えられることになり、そこに誕生したのが485系ニューなのはなである。種車の特徴を活かし、東北方面の交流区間にも頻繁に乗り入れ、千葉では修学旅行輸送やリゾートあわトレイン等の房総方面観光輸送に従事した。座席と座敷を変換できることも最大の特徴であった。リゾートあわトレインについては、始発・終着駅が時季によって刻々と変化し、西側は君津、浜金谷、館山、東側は安房鴨川、安房小湊、勝浦など多様な運行形態を見せた。

晩年は概ね千葉地区の団体輸送と君津-安房鴨川間の快速リゾートあわトレインに従事し、最後の一般向け運用もこの列車で締めくくった。

2000年代に入ってからというもの、房総地区の車両事情は大きく変わり幕張電車区の僚友であった183系や113系はニューなのはな引退時には一つ残らず消えていたのだ。

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2003年2月15日、E257-500は登場前であり一般の房総特急は183のみ、255は列車名にビューと冠せられた特急に従事していた頃である。この日は勝田653もこちらに来ていたようで、館山電留には多くの車両が停まっている。一番右には183-0も見える。そんな館山電留の脇を上り「さざなみ」が通過。低い飾り帯の特急色ボディ―は言わずもがな、マリ9編成クハ183-1527。長野N104のしんがりを引退した今はポッポの丘で余生を過ごしている。



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上りさざなみ通過後113が入庫、これで内房を走る全形式が並んだ。間もなくニューなのはなは出庫し館山駅へと向かった。



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2005年3月19日、内房から183が姿を消したころには館山電留もE257の昼寝の場と化した。もちろんそこにもG1の姿はあった。



時は過ぎ、113も全廃された千葉の地を485ニューなのはなは黙々と走り続けた。

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リゾートあわトレインとしての運転開始は2011年末であり、当初は館山始発終着。鴨川方から回送されてきたニューなのはなは館山1番で折り返しあわトレインになる。2012年



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他支社の車両に混じって成田臨でも活躍。お座敷である点でも使い勝手が良かったであろう。2013年



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団体輸送を終え、夕日を受けて幕張に帰る。2014年



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リゾートあわトレインでは記念撮影用のボードを全面に掲げることが稀にあった。2015年



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内房の起伏に富んだ地形を進む。2015年



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修学旅行帰りの学生を乗せ、一路長野から戻ってきた。2015年



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485系ジョイフルトレインで唯一の方向幕を持っている。2016年



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引退発表後、しばらく運用が無かった期間には幕張本郷駅とのタイアップ企画で、本郷駅近くの留置線に入れられた。この日は255の留置場所を変更したようでニューなのはなと共に4並びが実現。職員の方も撮影されていた。



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引退が公式発表された後のニューなのはな。夕凪の都川河口を往く。2016年



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さよなら運転の企画の一つとして運転されたお座敷伊豆箱根号。1日目の午後に東海道を下り、2日目に帰るという二日がかりの行路で運転。湘南の海岸線に沿って南下するニューなのはなは房総とまた一味違った。2016年



引退が迫った2016年8月、房総各地を走った「ニューなのはな」は列車の由縁でもある南房総の地で最後の雄姿を見せた。

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今流行りの地域発信列車としての先がけとなった「ニューなのはな」は各地でさまざまな姿を見せた。

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私にとって最後となった「リゾートあわトレイン」はいつもの那古船形~富浦のストレートで迎撃。G1の編成札を高らかに掲げて君津へと向かっていった。



千マリG1編成
クロ484-5(旧サロ181-1106→サロ481-1506)
モロ484-9(旧モハ484-1076)
モロ485-7(旧クモハ485-1009)
モロ484-8(旧モハ484-1017)
モロ485-6(旧クモハ485-1001)
クロ485-3(旧サロ481-1007)

配置1997/12/18
営業開始1998/2/1
廃車2016/9/26



※記事内、館山電留線での撮影写真は、JR敷地内にて許可を得て撮影しています。また、現在この場所での撮影はできません。
2016-12-31 : BOSO RAIL MEMORY : コメント : 0 :
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BOSO RAIL MEMORY No.5 「成田臨千葉口2013.01.05」

183系幕張車

マリ31 6連成田行き。


183系田町車

旧チタH81 8連成田行き。


2013.01.05 総武本線 東千葉

今年もあとわずかとなった。来年1月は何時もの成田臨に加えてSLも南総へやってくる。2013年1月、今年度の1月から数えて4年前になるが、まだマリや旧チタ、大宮の183がバリバリの現役であった頃は毎日のように千葉口、我孫子口共に183成田臨が走った。この年は2本同時に来る日を狙って東千葉へ出向いた。3つのパンタを振りかざして千葉を出たH81はうなり声を上げながら成田へ向け歩みを速めた。

2016-12-13 : BOSO RAIL MEMORY : コメント : 0 :
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BOSO RAIL MEMORY No.4 「4代目千葉駅開業」

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中央改札の路線ごとに並ぶ発車標は旧駅を彷彿とさせる。


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記念列車の発車標にはキャラクターの絵も表示。


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2016.11.20 総武本線 千葉

去る11月20日、千葉駅新駅舎が開業した。完全に分離していた各出入口が一つのフロアで結ばれ、利便性が格段に向上した。これからも千葉県の玄関口としてにぎわいを見せるだろう。開業当日には外房と総武本線でHM付き編成による記念列車が運行された。定期列車ではあるが、臨時回送させて入線させる等の演出がされた。8番線からは千葉駅長による発車の掛け声と共に銚子に向け341Mが発車した。

2016-12-13 : BOSO RAIL MEMORY : コメント : 0 :
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BOSO RAIL MEMORY No.3 「113系 旅れっしゃ京葉号」

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2010.05.29 京葉線 新習志野

京葉線に残る国鉄型時代を知る最後の車両が更新されると話題だが、2010年に113系がびゅう商品の団臨として京葉線を走った。その名も「旅れっしゃ京葉号」、千葉みなと〜新習志野を1往復した。筆者は実際に乗車したのだが、立売りの記念弁当に昔風のお茶がついたツアーで、京葉線を走るという異色の列車。新習志野では幕回しのサービスが行われ、大盛況。乗っても撮っても楽しい企画であった。

2016-10-29 : BOSO RAIL MEMORY : コメント : 0 :
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SAZANAMI

Author:SAZANAMI
被写体は国鉄時代〜JR第一世代中心。本拠地は千葉県中南部。

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